配偶者と所有者の評価額上の関係
配偶者が無償で居住が認められる居住権には、短期の「配偶者短期居住権」と長期の「配偶者居住権」がある。
前者の居住権は短期の占有で済むことから相続税課税価格の対象でなく、対象建物とその土地の所有権の評価額は下がらない。
一方後者の居住権は長期の占有になることから相続税課税価格の対象となる。この居住権自体は建物のみの権利であるが、配偶者は居住権の取得に伴い土地に対し敷地利用権も自動的に取得することになり、この敷地利用権も相続税課税価格の対象となる。従って、建物に(長期の)配偶者居住権が設定された場合は、対象建物とその土地の所有権の評価額はその分下がることになる。
以上により、(長期の)配偶者居住権が設定された場合は、建物とその土地それぞれに対し、所有者が持つ権利の課税価格以外に配偶者が持つ権利の課税価格が発生し、各評価額には次の関係が成り立つ。
- 建物評価額の関係式
-
建物の=
相続税評価額配偶者居住権が+
設定された建物
所有権の評価額配偶者居住権………
の評価額 - 土地評価額の関係式
-
土地の=
相続税評価額敷地利用権が+
付いている土地
所有権の評価額配偶者居住権に………
基づく建物の
敷地利用権の評価額
評価方法
以下に、配偶者が持つ権利の評価方法と所有者が持つ権利の評価方法を、建物と土地に分けて述べ、また建物の評価額を求める計算式の注意点を述べる。
建物
まず、「配偶者居住権の評価額」を求め、その評価額を使って「配偶者居住権が設定された建物所有権の評価額」を求めることになる。
配偶者居住権の評価額
- 計算式
- 計算式の解説
-
配偶者居住権が設定されていない場合の建物の相続税評価額(計算式の1項目)から配偶者居住権が設定されたことにより価値が下がった建物の評価額(計算式の2項目)を引いた金額が配偶者居住権の評価額となる。
以下に、上記計算式内の ~ について解説する。
- 建物の相続税評価額
- 建物の固定資産税評価額となる。※1
- 建物の残存耐用年数
-
配偶者居住権の住宅用耐用年数から建物の築年数を引いた値となる。配偶者居住権で定めている住宅用耐用年数は、所得税法上の住宅用耐用年数の1.5倍である。
所得税法上の×
住宅用耐用年数1.5-建物の
築年数具体的な配偶者居住権の構造別住宅用耐用年数は次のとおりとなる。
建物構造 耐用年数 木造・合成樹脂造 22年×1.5=33年 木骨モルタル造 20年×1.5=30年 鉄骨鉄筋コンクリート造・
鉄筋コンクリート造47年×1.5≒71年 れんが造・石造・ブロック造 38年×1.5=57年 金属造(骨格材4㎜超え) 34年×1.5=51年 金属造
(骨格材3㎜超え、4㎜以下)27年×1.5≒41年 金属造(骨格材3㎜以下) 19年×1.5≒29年 - 配偶者居住権の存続年数
-
配偶者居住権の存続年数を求める上で、まず「終身」と「任意の期間」のどちらかを選択する必要がある。「終身」を選択すれば配偶者が亡くなるまで配偶者居住権は消滅しなく、「任意の期間」を選択すればその期間満了を持って配偶者居住権は消滅する。どちらを選択するか、及び「任意の期間」を選択した場合の定める期間は、配偶者を含めた相続人の間で決定すれば良い。
「終身」を選択した場合に於ける上記計算上の「配偶者居住権の存続年数」の値は、配偶者の年齢※2から定まる「平均余命年数」を使うことになる。また、「任意の期間」を選択した場合の「配偶者居住権の存続年数」の値は定めた任意の期間(年単位の期間)となるが、「終身」を選択した場合の期間が上限値となる。
平均余命年数の調べる方法を補足する。
平均余命年数は厚生労働省が公表している「生命表」に記載されている。生命表には、5年毎に作成される「完全生命表」と毎年作成される「簡易生命表」がある。
この配偶者居住権絡みで使用する時は「完全生命表」を選択することになる。この生命表に記載されている配偶者年齢に応じた「平均余命」の値を使うことになるが、生命表の値は少数第2位まで明記されているので、少数点以下第1位を四捨五入し整数にした値を使用する。なお、第22回完全生命表は、コチラの男性用と女性用を参照されたし。
- 配偶者居住権の存続年数に応じた民法の法定利率による複利現価率
-
民法の法定利率※3は、これまでは市中金利に比べ相当高い5%でかつ固定制であったが、改正民法により3%に引き下げられ、かつ3年を1期とし3年毎に見直す変動制(端数が発生しない1%刻みの変動)になった。
また複利現価率(「現価係数」とも言う。)とは、一定期間後の金額とその期間の運用利率から、現在必要な元本を求めるために用いる係数のことである。
以上から の意味するところは、所有権を取得する相続人からすれば、相続時に建物の所有権を取得しても、配偶者居住権が設定されている期間は法定利率で運用できないので、その期間を考慮し評価を目減りさせるための係数と解釈する。
複利現価率を調べる方法として、国税庁公式サイトの「複利表」ページがあり、現在の法定利率(3%)に対する複利現価率表が載っている。本解説ではこの複利表ページへの発リンクも考えたが、経験上役所のページにリンクしていても、時が経つとリンク切れになることが多々あることからリンクせず、こちらで複利現価率を求める次のツールを用意したので利用されたし。法定利率は変動制に変ったので、3%以外も対応している。
参考までに、上記計算式「 」の2項目の意味を理解するには、所有者が自由に運用できるようになる時点を基準に置いて、次のように順を追って解釈すれば分かり易い(と思うが、どうかな?)。
- -
-
相続時の建物残存年数の内、配偶者居住権が設定されている期間は所有者が運用できないので、その期間を除いた所有者が運用できる残りの期間を求めている。
- ( - )÷
-
所有者が運用できる期間が相続時の建物残存年数の何割に当たるかを求めている。
- ×( - )÷
-
相続時の建物残存年数の全期間運用できる建物所有権評価額を の建物相続税評価額と見た場合に、所有者が運用できる期間で按分した建物所有権評価額を求めている。
- ×( - )÷ ×
-
所有者が運用できるのは配偶者居住権が消滅してからなので、法定利率で運用できない期間を考慮し、評価を目減りさせた相続時点の建物所有権評価額(「配偶者居住権が設定された建物所有権の評価額」と一致※4)を求めている。
配偶者居住権が設定された建物所有権の評価額
- 計算式
- 計算式の解説
-
「配偶者居住権の評価額」が求まったので、上記関係式「 」を使って「配偶者居住権が設定された建物所有権の評価額」を求めている。
土地
「建物」の場合と同様に、配偶者の方の敷地利用権を先に求める。つまり、「配偶者居住権に基づく敷地利用権の評価額」を求め、その評価額を使って「敷地利用権が付いている土地所有権の評価額」を求めることになる。
配偶者居住権に基づく敷地利用権の評価額
- 計算式
- 計算式の解説
-
建物に配偶者居住権が設定されていない場合の土地の相続税評価額(計算式の1項目)から配偶者居住権が設定されたことにより価値が下がった土地の評価額(計算式の2項目)を引いた金額が敷地利用権の評価額となる。
計算式の2項目の意味は、所有者が運用できるのは配偶者居住権が消滅してからなので、法定利率で運用できない期間を考慮し、評価を目減りさせて相続時点の土地の評価額(「敷地利用権が付いている土地所有権の評価額」と一致※7)を求めている。
なお計算式の複利現価率とは、上記建物で述べた の「配偶者居住権の存続年数に応じた民法の法定利率による複利現価率」のことである。
敷地利用権が付いている土地所有権の評価額
- 計算式
- 計算式の解説
-
「配偶者居住権に基づく建物の敷地利用権の評価額」が求まったので、上記関係式「 」を使って「敷地利用権が付いている土地所有権の評価額」を求めている。
建物の評価額を求める計算式の注意点
超高齢社会の日本に於いて80歳の平均余命は10年程であり、木造住宅の法定耐用年数を考えると、相続時点で建物の残存耐用年数が残っていなかったり、例え残存耐用年数がの残っていても配偶者居住権の存続年数を下回り、
耐用年数
存続年数
が負の値になるケースが多々あると推測する。
このような場合は、次のように扱うことになる。
- 建物所有権の評価額 0円
- 配偶者居住権の評価額 建物の相続税評価額
つまり、建物の相続税評価額の全額を配偶者の課税価格に算入する必要がある。
モデルケースによる評価手順
以下に、配偶者居住権が設定されたモデルケースを使って評価額算出手順を解説し、所有者と配偶者が算入すべき課税価格を見てみる。
モデルケース
モデルケースの前提条件は次のとおり。
- 相続前の状態について
-
- 土地・建物所有者:被相続人
- 共有者:無(被相続人が土地・建物共に単独で所有)
- 建物の賃貸部分:無
- 相続人について
-
- 土地と建物の所有権の相続人:配偶者以外
- 配偶者の性別:女性
- 配偶者の年齢:79歳7ヶ月(配偶者居住権設定時)
- 対象不動産について
-
- 建物の構造:金属造(骨格材3㎜以下)
- 築年数:14年6ヶ月(配偶者居住権設定時)
- 建物の相続税評価額:500万円(固定資産税評価額)
- 土地の相続税評価額:1,000万円
- その他
-
- 配偶者居住権の設定期間:終身
- 民法の法定利率:3%
評価手順の解説
建物と土地に分けて所有者側・配偶者側の評価額を求めていくことになるが、建物と土地の求める順序に決まりはない。ここではこれまでの解説の順序に合わせ建物から求めることにする。
建物
順序は、「配偶者居住権の評価額」を求めてから、「配偶者居住権が設定された建物所有権の評価額」を求めることになる。
配偶者居住権の評価額
上記計算式「 」を使って求めれば良いので、まずは「 」の各項目の値を求めて行く。
- 相続税評価額
-
前提条件により500万円である。
- 残存耐用年数
-
建物の耐用年数は、前提条件により建物の構造は金属造(骨格材3㎜以下)であることから、19年 × 1.5 = 28.5年(28年6ヶ月)であるが6ヶ月以上は切上げるので29年となる。
また、建物の築年数は前提条件により14年6ヶ月であるが、これも6ヶ月以上は切上げるので15年となる。
従って、建物の残存耐用年数は14年(29年ー15年)となる。
- 居住権存続年数
-
前提条件により居住権の設定期間が終身なので、配偶者の年齢に於ける平均余命年数が配偶者居住権の存続年数となる。
配偶者の年齢は前提条件により79歳7ヶ月であるが生命表と照合する時は6ヶ月以上を切り上げるので80歳と見る。女性用の完全生命表より、80歳女性の平均余命は11.71年であるが小数点以下第1位四捨五入し、配偶者居住権の存続年数12年が求まる。
- 複利現価率
-
配偶者居住権の存続年数12年に応じた民法の法定利率3%による複利減価率は、上記ツールより0.701となる。
以上の項目の値を「 」に代入すると、
500万円
500万円
14年
12年
14年
0.701
4,499,286円
配偶者居住権が設定された建物所有権の評価額
上記計算式「 」より、
相続税評価額
500万円
4,499,286円
設定された建物
所有権の評価額
500,714円
土地
順序は、「配偶者居住権に基づく建物の敷地利用権の評価額」を求めてから、「敷地利用権が付いている土地所有権の評価額」を求めることになる。
配偶者居住権に基づく建物の敷地利用権の評価額
上記計算式「 」を使って求めれば良いので、各項目の値を確認する。
- 「土地の相続税評価額」は、前提条件により1,000万円
-
「 複利現価率」は、建物の計算過程で求めた「0.701」
以上の項目の値を「 」に代入すると、
相続税評価額
1,000万円
相続税評価額
1,000万円
現価率
0.701
基づく建物の
敷地利用権の評価額
299万円
敷地利用権が付いている土地所有権の評価額
上記計算式「 」により、
相続税評価額
1,000万円
基づく建物の
敷地利用権の評価額
299万円
付いている土地
所有権の評価額
701万円
算入すべき課税価格
モデルケースに於ける土地と建物の課税価格の合計は1,500万円であるが、(長期の)配偶者居住権を設定することにより、次のような配偶者の課税価格と所有者の課税価格に分担されたことになる。
配偶者
配偶者の課税価格に算入すべき合計額は次のとおり。
の評価額
4,499,286円
基づく建物の
敷地利用権の評価額
2,990,000円
7,489,286円
所有者
所有者の課税価格に算入すべき合計額は次のとおり。
設定された建物
所有権の評価額
500,714円
付いている土地
所有権の評価額
7,010,000円
7,510,714円